製品にプラスチックを使用するのか、他の材料を使用するのかに関わらず、要求事項を抜け・漏れなく抽出することは非常に重要です。製品設計プロセスの中で、最も重要であると言っても過言ではないと思います。なぜなら、設計の初期段階で本来必要である要求事項が抜けてしまうと、いかに設計者が天才的な才能の持ち主でも、製品に問題が生じることを防ぐことはできないからです。
極端な例ですが、福島第一原子力発電所が津波による浸水に対してメルトダウンを起こしてしまったのは、「津波が堤防を越えてもメルトダウンを起こさないこと」という要求事項がなかったからだと思います。原子力発電所を設計するような技術者は優秀な人ばかりだと思いますが、要求事項がないものに対しては手の施しようがないということがよく分かると思います。それほど、製品の設計における要求事項の抽出は重要なプロセスなのです。
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もっと簡単な例として、射出成形でプラスチック容器を作る場合を考えてみます。
【プラスチック容器の要求事項例】
要求事項 | 解説 | 設計者が考慮すべき内容 |
洗剤が付着しても壊れない |
・容器を洗剤で洗浄する使用者がいることが想定される。 |
・ソルベントクラックを起こしやすい非晶性プラスチック(ABSなど)の使用は避ける。 |
食洗機で洗える | ・高温での洗浄、乾燥による変形、劣化が想定される。 | ・耐熱温度が高い材料を選択する。 ・熱劣化を抑制する添加剤を加える。 |
落として割れても破片が飛び散らない |
・使用中に落としてしまうことが想定される。 |
・耐衝撃性のない材料(ポリスチレンなど)の使用は避ける。 |
家庭用品品質表示法に従う | ・「台所用の器具」などへは耐熱温度やプラスチック材料名などを表示する必要がある。 | ・法律に従い表示をする。 |
どのような要求事項を抽出するかによって、設計者が考慮すべき内容は全く異なったものになります。要求事項に抜け・漏れがあれば、設計者がそれに対応できないことがご理解頂けると思います。ソルベントクラック(薬品割れ)が心配されるケースでは、安易に非晶性プラスチックを使用しないというのは、プラスチック製品を設計したことがある多くの設計者は知っているはずです。しかし、設計している製品に洗剤が付着する可能性があることが抽出できていない場合、ソルベントクラックに配慮した設計をすることは不可能です。
要求事項の抽出が適切かつ抜け・漏れなくできれば、設計の方向性はある程度定まったようなものです。すべての要求事項を満たす設計解というのは、それほど選択肢があるわけではないからです。
しかし、言葉で言うほど要求事項の抽出は簡単なものではありません。上記例のような単純なプラスチック製品で考えても、その要求事項は数十~数百に上ると考えられます。多数の部品を組み合わせた複雑な製品になると、その要求事項の数は天文学的な量になります。大きな組織では要求事項が増え過ぎてしまい、設計の自由度や効率が著しく低下しているようなケースも見受けられます。
また、営業部門や品質保証部門の求めるがままに、製品の要求事項を増やしてしまったり、達成不可能な要求事項を満足させようとしたりすると、設計の後工程で行き詰り、設計の見直し(手戻り)につながってしまいます。要求事項の取捨選択、フィージビリティスタディ(実現可能性の調査)、トレードオフのコントロールも設計者に課せられた重要な役目であるといえます。
下記は要求事項を抽出するに当たり、インプット(製品を設計するために必要な情報)となる情報元の例です。
要求事項抽出のためのインプットの例 | ||
商品企画書 (購入仕様書) |
Q |
・各種性能 |
C |
・目標原価 |
|
D |
・発売日 |
|
設計資産 (企業が持っている価値のある設計情報) |
・設計基準書 ・過去不具合情報 ・過去類似品設計情報 ・過去技術試験結果 ・お客様の声情報 |
|
製品設計プロセス | ・設計審査 ・未然防止活動(FMEA、FTAなど) ・技術試験結果 |
|
法規制・規格・標準 | ・各種法規制 ・知的財産権 ・業界標準 ・国際規格 |
|
その他 | ・競合他社情報 ・市場情報 ・リコール情報 ・取引先情報 ・営業情報 ・最新技術動向 ・自社方針/企業理念 |
このようなインプット元から、設計する製品の要求事項を抽出していきます。
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<設計者のためのプラスチック製品設計>