製品寿命内で壊れないようにする設計の考え方が、セーフライフ(安全寿命設計)です。航空・宇宙機器から身の回りの製品に至るまで、あらゆる製品で採用されています。
これまで製品安全は「ものは壊れる」「人は間違える」ことを前提とする必要があると、何度も申し上げてきました。したがって、可能であれば、故障しても安全性を確保できる設計手法を選択することが理想的です。
しかし、構造や要求コストなどの理由で、故障しても安全を確保できるフェールセーフやフォールトトレランスなどが適用できないことが多いのも事実です。セーフライフ(安全寿命設計)は、そのような場合に採用する設計手法です。
セーフライフ(安全寿命設計)を行うには、以下のような点を考慮します。
内容 | |
製品の寿命 | ・品質保証期間 ・製品の使用期間(製品が廃棄されるまでの期間) ・法律(製造物責任法/民法/消費生活用製品安全法等) ・社会的責任(いつまで責任を持つか) ・定期点検の可否 |
作用するストレス | ・使用環境 ・使用者の使い方(誤使用の想定) |
ストレスの影響 | ・初期 ・長期(劣化、疲労、クリープ、腐食等) ・製造時の欠陥、バラツキ |
寿命、作用するストレス、ストレスの影響のいずれも、正確に把握・判断することが難しい情報です。
<製品の寿命>
製品の目標寿命をどう設定するかは、法律、製品の特性、企業理念など、様々な要因で決定されます。製造物責任法は責任期間を引き渡し後10年としていますが、20年以上経過した製品でも社告やリコールに至るケースは少なくありません。使用者が自社製品をどの程度の期間使用しているかについても、しっかり調査できている製品は多くないでしょう。
<作用するストレス>
どのような使われ方までを安全性を担保すべき「予見可能な誤使用」とするかは、製品安全における中心課題です。人の行動や誤使用を完全に把握することも困難です。
<ストレスの影響>
劣化、疲労などの評価結果はかなりのバラツキがあります。評価のための企業側の負担も少なくありません。
つまり、いずれの影響も正確に把握・判断することは難しいのです。そのため、セーフライフ(安全寿命設計)では、上記の情報の不確かさをカバーするために安全率を設定します。
安全率の設定は、製品設計の中でも最も高いノウハウと長い経験が必要になる仕事の一つです。合理的に説明できないことも多々ありますし、安全率の計算にどの値を使用するのかによっても、大きく変わってきます。例えば、材料強度の安全率の計算は以下のように式で表すことができます。
安全率(S)=基準強さ(MPa)/設計上想定される最大応力(MPa)
分子となる材料の基準強さに、評価結果の平均値を使用するのか、バラツキの下限(例:平均値―3σ)を使用するのかで、安全率の数字の意味は全くことなるものになります。
安全率が2や3といったキリのよい数字が多いことは、ある意味「エイヤー」で決めている証拠だとも言えます。
このように、安全率を設定したとしても、セーフライフ(安全寿命設計)には、どうしても不確実性が残ります。危害の程度や不具合の影響が大きな製品では、可能な限りセーフライフ(安全寿命設計)だけに頼らないようにすることが望ましいでしょう。
もちろん、セーフライフ(安全寿命設計)を採用せざるを得ないケースが多いことも事実です。その場合でも、製品の寿命や作用するストレス、その影響の見極め、適切な安全率の設定とともに、製品の死に方(壊れ方)もしっかり確認しておくことが重要です。
スポンサードリンク
ここからは、いくつかセーフライフ(安全寿命設計)の事例を見ていきます。
宇宙ステーション 日本実験棟(圧力容器)
宇宙ステーションの実験棟(圧力容器)は、構造上他の安全設計手法を採用することが困難です。
宇宙ステーション 日本実験棟
(出所:JAXA HP)
内容 | |
製品の寿命 | 設計寿命15年(運用期間10年+運用延長考慮5年) |
作用するストレス | 機械的負荷サイクル 熱的負荷サイクル |
安全率 | 機械的、熱的負荷サイクルに対して安全率4.0 |
【参考資料】
「JEM安全設計の検証結果」 文部科学省
降着装置(航空機)
航空機の降着装置は構造上、フェールセーフやフォールトトレランス(冗長化)が難しいため、セーフライフ(安全寿命設計)を採用しています。航空機の部品の中では、降着装置はセーフライフ(安全寿命設計)の代表的事例です。
航空機の降着装置
※ダメージトレランス(損傷許容設計)
セーフライフ(安全寿命設計)と対比される考え方に、ダメージトレランス(損傷許容設計)があります。セーフライフ(安全寿命設計)は、目標寿命内で損傷が発生しないことを目指す考え方です。一方、ダメージトレランス(損傷許容設計)は、目標寿命内で損傷が発生したとしても進展せず、通常の使用を可能とする考え方です。発生した損傷へは、定期的なメンテナンスで対応します。航空機の分野では、かつてはセーフライフ(安全寿命設計)が一般的な設計法でしたが、現在はダメージトレランス(損傷許容設計)が主流となっています。
【参考資料】
「(降着装置の)設計指針について」 住友精密工業HP
片柳賢一, and 大西哲也. "機械・構造物の強度と安全性評価の実例 2 航空機." 材料 51.1 (2002): 118-122.
木製椅子
木製椅子は荷重を支える構造が、セーフライフ(安全寿命設計)を採用しています。構造、要求コスト、デザイン性などを考慮すると、椅子脚を冗長化するなどの安全設計手法を採用することは簡単ではありません。
実は、椅子のリコールは少なくありません。セーフライフ(安全寿命設計)の不十分さが原因の事例もたくさん発生しています。以下の記事を参照ください。
参考記事:椅子のリコール(2006年~2009年編)
参考記事:椅子のリコール(2010年~2014年編)
木製椅子に限らず、身の回りの製品でセーフライフ(安全寿命設計)を採用しているものは数多くあります。特にシンプルな構造の製品は、ほとんどがセーフライフ(安全寿命設計)です。家具、杖、鉄棒、ハシゴ、踏み台、机、ロープ・・・。皆さんも身の回りの製品でセーフライフ(安全寿命設計)を採用している製品を探してみてください。
【参考資料】
板東舜一. "機械・構造物の強度設計と事例 3. ヘリコプターのローター." 材料 59.8 (2010): 653-657.
「ディペンダビリティ(信頼性)用語」 JIS Z8115
スポンサードリンク
最終更新 2016年8月8日