2016年4月にプラスチックス・ジャパン.comに寄稿した記事を一部改変して掲載します。
はじめに
製品安全に関わる不具合を市場に流出させてしまうと、企業の経営を揺るがす事態にもなりかねません。したがって、製品安全に関する知識やノウハウは、設計者にとって身に付けるべき最も重要なスキルのひとつだといえます。
そのスキルを向上させる効果的な方法のひとつは、自社・他社の不具合事例を学ぶ事です。通常、製品の不具合情報は企業の重要な機密事項であるため、一般に公開されることはありません。しかし、製品事故に関しては消費者保護の観点から、多くの情報が公開されています。
今回は、公的機関などにより公開されている情報から、プラスチック製品の不具合事例をいくつか紹介しようと思います。
リコールや製品事故などの情報源
リコールや製品事故、苦情などの情報は以下の公的機関のwebサイトで入手することができます。
- 消費者庁 リコール情報サイト
- 消費者庁 事故情報データバンクシステム
- 製品評価技術基盤機構(nite)
社告・リコール情報データベース
http://www.jiko.nite.go.jp/php/shakoku/search/index.php
事故情報の検索
http://www.jiko.nite.go.jp/php/jiko/search/index.php
- 国民生活センター(苦情、商品テストなどの情報)
- 経済産業省 製品安全ガイド 製品事故の検索
http://www.meti.go.jp/product_safety/kensaku/index.html
それぞれのwebサイトの情報は重複しているケースも多いですが、若干異なった情報が掲載されていることもあります。気になる不具合事例については、複数のwebサイトを検索してみることをお勧めします。
製品安全について
不具合事例を見る前に、設計者が担保すべき製品の安全性について説明したいと思います。
製造物責任法においては、「製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る被害が生じた場合」は、損害賠償の責任を負うと定められています。すなわち、設計者は欠陥のない製品を設計しなければなりません。
欠陥とは以下のように定められています。
欠陥(製造物責任法第二条第2項の要約)
通常予見される使用形態において、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること
したがって、設計者は「通常予見される使用形態」と「通常有すべき安全性」の二つを理解する必要があります。
<通常予見される使用形態>
一般的に、通常予見される使用形態とは以下の図のように考えられています。
すなわち、「意図される使用」と「予見可能な誤使用」が「通常予見される使用形態」であると考えられています。設計者はこの「通常予見される使用形態」時において、安全性を確保した製品を設計しなければなりません。ただし、それぞれの使用形態の境界線はあいまいであり、時代や社会情勢などによって変化することには注意が必要です。
<通常有すべき安全性>
社会や消費者が期待しているレベルの安全性のこと。非常に抽象的な概念ですが、設計者は自分が設計する製品が、社会や消費者からどの程度の安全性を求められているのかを常に意識する必要があります。
プラスチック製品の不具合事例
事例① 玩具の破片(1)
図2 玩具の破片(1)
出所:消費者庁HP
<不具合内容>
玩具にセットされている「トースト」をかじったり、落としたりすると「トースト」自体が割れ、割れた破片を幼児が誤飲する恐れがある。事業者はリコールを実施。
<事例から学べること>
・乳幼児用玩具は壊れて破片になると誤飲のリスクがあり、リコールに直結する。
・乳幼児に使い方を説明することは困難であるため、かじる、踏む、落とす、投げつけるなどの乱暴な行為も「予見される誤使用」と判断し、それに耐えうる強度設計や評価を行うべきである。
事例② 玩具の破片(2)
図3 玩具の破片(2)
出所:国民生活センターHP
<不具合内容>
回転させて遊ぶ玩具を使用したところ、ポリスチレン製部品が破損し、破片が右目に当たり負傷した。事業者は販売を中止し、国民生活センターはキズやひび割れのある当該品の使用中止を呼びかけた。
<事例から学べること>
・製品が欠けると目に入る可能性のある製品(高い位置に設置する製品/衝撃を伴うような使い方をする製品など)は、耐衝撃性のある材料を使用する、衝撃に対する十分な強度を持つように設計するなどの対応が必要。
事例③ プラスチックメッキの剥がれ
水栓金具、デジタルカメラのプラスチックメッキが剥がれて怪我をするリスクが生じた。日本バルブ工業会は注意喚起チラシを公開、ソニー株式会社はリコールを実施した。
メッキ表面の金属とプラスチックは化学的に結合しているのではなく、ABSなどの表面をエッチングして作った小穴に金属が入り込み、アンカー効果により付着している。したがって、密着強度はあまり強くなく、強い荷重や製造管理不良などにより剥がれることがある。剥がれたメッキは刃物のように鋭くなることもある。
図4 水栓金具のプラスチックメッキ剥がれ
出所:日本バルブ工業会HP
図5 レンズ周辺部品のプラスチックメッキ剥がれ
出所:ソニー株式会社HP
<事例から学べること>
・体に直接触れる可能性が高い部分に、プラスチックメッキを使うことはできるだけ避ける。
・強い荷重、繰り返し荷重、熱冷サイクル、衝撃などが加わる部分には、プラスチックメッキを使うことはできるだけ避ける。
・どうしてもプラスチックメッキが必要な場合は、適切な材料選定や膜厚設定、耐久性評価、製造管理などを十分に実施する。
事例④ ガラス繊維の飛び出し
図6 ガラス繊維強化プラスチックからの繊維の飛び出し
出所:国民生活センターHP
<不具合内容>
ガラス繊維強化プラスチックを使用した製品の表面からガラス繊維が飛び出し、それに触った使用者が怪我をした。国民生活センターは注意を呼びかけた。
<事例から学べること>
・手や体に直接触れる所には、できるだけガラス繊維強化プラスチックを使用しない。(特にガラスの含有率が高いもの)
・使用する場合は、表面のコーティングやカバーなどの使用を検討する。
・荷重や衝撃、傷、紫外線による劣化などでガラス繊維が飛び出してくることもあるので、それらに対して十分な耐久性を持つように設計する。
事例⑤ ソルベントクラックによる破損
図7 洗面化粧台鏡固定部分のソルベントクラック
出所:国民生活センター
<不具合内容>
洗面化粧台鏡固定部分のHIPS(耐衝撃性ポリスチレン)が化粧品や洗剤などの付着によりソルベントクラックを起こした。国民生活センターは不具合情報を公開した。
<事例から学べること>
・「意図される使用」、「予見可能な誤使用」時において、どのような溶剤類が製品に付着する可能性があるのかを明確にしておく。
・薬品や洗剤などが付着する可能性がある製品には、ソルベントクラックを起こしやすい材料(HIPS、ABSなど)をできるだけ使わない。
・ソルベントクラックのリスクがある場合は、製品に応力が掛かりにくい設計を施し、想定される最大の応力発生時にソルベントクラックが発生しないかを評価試験で確認しておく。
事例⑥ アクリル製冷水筒の破損
図8 密閉式のアクリル製冷水筒の破損
出所:経済産業省HP
<不具合内容>
密閉式のアクリル製冷水筒において、熱湯を注ぎ、冷める前に蓋を締めたところ破損し、使用者が火傷を負った。製品本体に「冷めるまで蓋をしない」との注意喚起表示は行われていなかった。事業者、業界団体は注意喚起情報を公開した。
<事例から学べること>
・「予見される誤使用」を想定した設計、評価を行うこと。
・同様の製品において、「熱湯を注ぎ冷める前に蓋をする」ことは、予見される誤使用とみなされると理解する必要がある。
おわりに
不具合事例を見ていると、製品の使用形態をしっかり把握しないまま設計していると思われるケースが目立ちます。私も10年以上製品設計に携わっていますが、使用者がどのように使うのか、「予見可能な誤使用」と「異常使用」の境界をどこに引くのかについては、ずっと悩まされてきました。その判断によって設計が大きく変わってくるからです。これは、多くの製品設計者に共通の悩みだと思います。
1970年代から80年代にかけて、トヨタで主査(製品開発責任者)を務めた安達瑛二氏は著書で以下のように語っています。
「設計における最大の問題点は、市場における商品の使用条件の把握です。十分な技術を持つ企業の商品が品質問題を起こす原因の一つはここにあります。新技術を使う場合も、品質問題の原因の多くは新技術そのものよりも使用条件不明にあります。」
プラスチックの物性は使用環境に大きく依存するため、他の材料を使用する時より、さらにしっかりと製品の使用形態を把握する必要があります。それらを把握するためにも、市場の不具合事例にはたくさん触れておくべきでしょう。
【参考文献】
安達瑛二(著)コロナ社 『製品開発の心と技-設計者を目指す若者へ』
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