2017年3月にプラスチック・ジャパン.comに寄稿した記事を掲載します。
1. はじめに
前回解説したクリープと同じく、プラスチックの粘弾性特性に起因する現象として応力緩和がある。プラスチック材料に意図的にひずみ(変形)を与えて、発生した反力を利用する製品では特に理解しておく必要性が高い。今回はこの応力緩和について解説する。
2. 応力緩和とは
クリープは材料に一定の応力が継続的に作用した時に、徐々に変形が進んでいく現象であった。一方、ひずみ(変形)を一定にした時に、材料内部で発生する応力が時間の経過とともに小さくなっていく現象を応力緩和(stress relaxation)という。応力緩和は材料内部の応力変化であるため、クリープと違って外部から容易に観察することはできない。
ラケットのガットは応力緩和を実感できる製品の一つだ(図1)。
図1 ラケットのガット
ガットはナイロンなどの複合繊維で作られている。ガットにひずみ(変形/引張力)を与えると、ボールやシャトルを打つための反発力が得られる。ラケットに張った直後のガットは強く張っているが、時間の経過とともに弛んでくる。ガットが弛んでも見た目に大きな変化はなく、触ってみないと分からない。ガットの張りが弱くなった時、内部に発生している応力は大きく低下している。これが応力緩和である。
3. プラスチックの粘弾性特性と応力緩和
図2は応力緩和について、マックスウェルモデルと呼ばれる力学モデルで説明したものである。図3のグラフはその時の応力と時間の関係を表している。
図2 マックスウェルモデルによる応力緩和の説明
図3 応力と時間の関係
ひずみを与えた直後はバネだけが伸び、応力σ0が発生する。バネがダッシュポットを引っ張るため、徐々にダッシュポットが伸びる。ひずみは一定であるため、ダッシュポットが伸びた分バネは縮む。バネが縮むとダッシュポットを引っ張る力が小さくなり、応力低下のスピードは徐々に遅くなる。すなわちグラフの傾きが平行に近づいていく。
応力緩和のグラフは経過時間を対数にすると、図4のように直線状になる。
図4 応力と時間の関係(対数)
クリープと同様に温度が高い方が、応力緩和のスピードは早くなる。その性質を利用したものがアニールである。成形時に生じた残留応力を取り除くアニールは、プラスチックが高温で素早く応力緩和ができることを利用したものである。
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4. 応力緩和が問題になる製品の事例
製品に意図的にひずみを与え、その時に発生する反力を利用した製品は多い。このような製品では、応力緩和特性をしっかり理解しておかないと品質トラブルの原因となる。いくつか事例を見てみよう。
<①ボルト・ナット・ネジによる締結>
図5 ボルト・ナット・ネジによる締結
ボルトやネジを回転させて締め付けると軸力が発生する。軸力により締結部材は圧縮され、ひずみを生じる。締結部材にはひずみ量に応じて、軸力とつり合う大きさの反力が発生する。軸力(反力)によりボルトやネジの座面に発生した摩擦力は、ボルトやネジが緩むことを防いでいる。
締結部材がプラスチックの場合、時間の経過とともに応力緩和が起こり、軸力(反力)が低下していく。軸力(反力)が低下すると、座面に生じている摩擦力が低下し締結部分が緩む原因となる。ネジやボルトが回転しなくても緩みが進行するため、このような現象を非回転緩みという。座面を大きくして発生する応力を小さくしたり、応力緩和特性に優れた材料を使用したりするなどの対策を行った上で、戻しトルクの経年変化を確認しておくことが望ましい。ボルト・ナットがプラスチック製の場合も同様に注意が必要である。
<②穴埋めキャップ・目地・シール>
図6 穴埋めキャップ・目地・シール
プラスチック製の穴埋めキャップや目地・シール部品は、部品自体を変形させて反力を発生させ、摩擦力により外れないようにしている。この場合も反力は応力緩和によって徐々に低下していく。このような部品は、穴や隙間自体に特殊な形状や加工が不要で、部品を挿入するだけであるため使用例は多い。
しかし、反力の大きさに影響を与える要因がたくさんあり不具合が起きやすい。例えば穴径や隙間のバラツキ、キャップや目地・シール部品のバラツキ、環境温度などである。さらにそこに応力緩和が加わるため、信頼性の高い設計を行うことはかなり難しい。建築・住宅設備では隙間埋めのために、このような部品が数多くあるが、部品外れや浮き、ガタツキのトラブルが後を絶たない。外れにくさだけを考えると、反力に頼らないスナップフィットのような構造が望ましいといえる(図7)。スナップフィットは挿入する際には部品を変形させるが、挿入後に応力は発生しないので、応力緩和を心配する必要がない。
図7 スナップフィット
その他にもプラスチックへの圧入部品、プラスチック製のバネやパッキンなど、様々な製品の設計で応力緩和の影響について考慮する必要がある。
5. おわりに
クリープや応力緩和といったプラスチックの粘弾性特性は、設計者にとってやっかいな特性である。材料特性を完全に把握した設計を行うことができればよいが、材料評価の手間を考えると簡単ではないからだ。そういう意味では、設計者はプラスチック材料にできるだけ常時荷重、常時変形を発生させないことを優先させることが、トラブルを起こさないためには重要であろう。
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【参考文献】
新保實(著)共立出版 『プラスチックの粘弾性特性とその利用 ―成形不良対策法/発泡制御法』
有方広洋 (著) 日刊工業新聞社 『プラスチック成形加工基礎と実務―射出成形から二次加工まで』