電気製品のトラッキング現象による製品事故は頻繁に発生しており、電気製品を設計する際に最も注意すべき現象のうちの一つです。実際にトラッキング現象が発生したことによりリコールに至った事例は数多くあります。それらの事例の原因を学ぶことにより、設計者がどんなことに注意すべきかを考えてみたいと思います。
※トラッキング現象とは
樹脂などの有機絶縁物表面上に、水分や塩分などの汚染物がある状態で電圧が印可されると、その表面に電位差が生じ電流が流れる。その時に発生する熱により炭化導電路が形成され短絡・発火に至る。それをトラッキング現象と呼ぶ。
「トラッキング現象」が原因のリコール事例より学べること
<リコールの特徴>
・水を使用する製品、周囲に水が存在する製品に発生しやすい。
・製造物責任法の責任期間である「製造物を引き渡してから10年」を経過していても、リコールに踏み切っている企業が多い。トラッキング現象による不具合のトップ事象が「火災」であるため、企業の社会的責任として対応せざるを得ないと判断していると思われる。
<設計面での教訓>
・製品の使われ方、環境条件、据付条件のうち配慮すべき最悪の条件において、電装部に水が浸入しないように設計すること。その発生確率によっては電装部をシールすること。
・絶縁コーティングも万能ではない。電装部に水が浸入しないことを優先して設計すること。
・水を使用する製品において、完全な止水性能を長期間維持するのは難しいと思われるので、止水できなくなった時に最悪どうなるかを十分考慮すること。
・室外に設置する製品は特にネズミや虫などの小動物による影響も考慮すること。
・界面活性剤や洗浄水などはトラッキング現象を引き起こしやすいので、電装部に侵入しないように注意すること。
・「電解コンデンサの液漏れ」によるリコール、製品事故は頻繁に発生している。コンデンサの選定の際には十分配慮すること。
・「リレー摩耗粉によるトラッキング現象」によるリコール、製品事故は頻繁に発生している。リレーの選定の際には十分配慮すること。
・製品または製品の周囲に結露が発生するおそれがある製品は、結露水の流れ方に十分注意すること。
・警告ラベルや取扱説明書で使用者へ十分注意喚起すること。
・トラッキング現象は頻度の高い不具合であることを認識し、周辺部材の難燃化などを実施すること。
実際のリコール・社告事例
三洋電機株式会社
製品 | 電機衣類乾燥機 |
公表 | 2014年5月 |
製造・販売時期 | 1994年5月~2011年11月製造(品番による) |
被害の発生 | 製品から出火し周辺を焼損 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「製品の前面パネルと操作パネルのつなぎ目から浸入した水分が、下部のリレーに滴下し、内部に浸入することによってトラッキング現象が発生と推定」 |
市場対応 | リレー部への水分の滴下を防ぐため、防水板を制御基板上部へ取付け (約48万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・製品の使われ方、環境条件、据付条件のうち配慮すべき最悪の条件において、電装部に水が浸入しないように設計すること。その発生確率によっては電装部をシールすること。 ・製造物責任法の責任期間である「製造物を引き渡してから10年」を既に経過しているが、リコール対応している。 |
出典:消費者庁 HP
アイリスオーヤマ株式会社
製品 | 加湿器 |
公表 | 2014年1月 |
製造・販売時期 | 2012年9月~2013年12月販売(品番による) |
被害の発生 | 製品を焼損 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「吹き出し口から滴下した水や本体内に逆流した水分が基板に付着し、基板の絶縁コーティングのバラツキにより、パターン間でトラッキング現象が生じて発火したものと考えられる。」 |
市場対応 | 製品回収 (約2.7万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・絶縁コーティングも万能ではない。電装部に水が浸入しないことを優先して設計する。 |
出典:消費者庁 HP
リンナイ株式会社
製品 | 食器洗い乾燥機(ビルトインタイプ) |
公表 | 2012年8月 |
製造・販売時期 | 2004年12月~2007年10月製造 |
被害の発生 | 製品を焼損、周辺の汚損 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「製品内部の水漏れが電装基板や内部配線にかかり、ごく稀に電装基板またはコネクター部でトラッキング現象が発生」 |
市場対応 | 配線部の防水加工等 (約34万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・水を使用する製品において、完璧な止水性能を長期間維持するのは難しいと思われるので、止水できなくなった時に最悪どうなるかを十分考慮すること。漏水した場合に電装部に水がかかる可能性がある場合は、防水加工を行うべき。 |
出典:消費者庁 HP
ヤマハ株式会社
製品 | エレクトーン |
公表 | 2010年9月 |
製造・販売時期 | 1991年1月~1997年12月製造 |
被害の発生 | 製品から発煙 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「電源アンプユニットに使用されているコンデンサから液漏れが起こり、基板上でトラッキングが発生」 |
市場対応 | 部品交換 (約7万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・製造物責任法の責任期間である「製造物を引き渡してから10年」を既に経過しているが、リコール対応している。 ・「電解コンデンサの液漏れ」によるリコール、製品事故は頻繁に発生している。コンデンサの選定の際には十分配慮する必要がある。 |
出典:国民生活センター HP
パナソニック株式会社(旧松下電工)
製品 | 電気カーペット |
公表 | 2010年1月 |
製造・販売時期 | 1992年~2005年製造 |
被害の発生 | 製品を焼損、周辺の汚損 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「製品内部のリレー接点の開閉動作によって生じた摩耗粉がリレー内部に堆積したため、トラッキング現象が発生」 |
市場対応 | 製品回収 (台数不明) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・製造物責任法の責任期間である「製造物を引き渡してから10年」を既に経過しているが、リコール対応している。 ・「リレー摩耗粉によるトラッキング現象」によるリコール、製品事故は頻繁に発生している。リレーの選定の際には十分配慮する必要がある。 |
出典:パナソニック HP
株式会社LIXIL
製品 | ディスポーザー |
公表 | 2009年7月 |
製造・販売時期 | 2002年10月~2008年4月製造 |
被害の発生 | 製品を溶融 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「使用中の温度変化や洗剤等の影響によってシンクとの接続部分に亀裂が入り、漏水が内部に浸入し、基板上のトランス充電部にトラッキングが発生」 |
市場対応 | 漏水が基板収納部に入り込まないよう防水カバーを取り付け、基板上のトランス部をシール (約2.4万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・製品の使われ方、環境条件、据付条件のうち配慮すべき最悪の条件において、電装部に水が浸入しないように設計すること。その発生確率によっては電装部をシールすること。 |
出典:LIXIL HP
株式会社ベルキッチン
製品 | コンセント付洗面台 |
公表 | 2009年5月 |
製造・販売時期 | 1989年4月~2007年5月販売 |
被害の発生 | 製品を焼損 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「長年使用している間にスイッチ部分に液体が浸入」 |
市場対応 | 修理(ミラーユニットの交換) (約0.6万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・製品の使われ方、環境条件、据付条件のうち配慮すべき最悪の条件において、電装部に水が浸入しないように設計すること。その発生確率によっては電装部をシールすること。 ・製造物責任法の責任期間である「製造物を引き渡してから10年」を既に経過しているが、リコール対応している。 |
出典:国民生活センター HP
ダイキン工業株式会社
製品 | エアコン(室外機) |
公表 | 2009年2月 |
製造・販売時期 | 1994年1月~1996年8月製造 |
被害の発生 | 製品から出火し周辺を焼損 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「制御基板に小動物や埃・水分などの異物が侵入・付着したことによりトラッキングが発生」 |
市場対応 | プリント基板への異物の侵入・付着を防止するため、侵入防止板を追加し、プリント基板表面にシリコンをコーティング (約30万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・(原因の小動物が何かは不明だが)室外に設置する製品は特にネズミや虫などの小動物による影響も考慮する。 ・製造物責任法の責任期間である「製造物を引き渡してから10年」を既に経過しているが、リコール対応している。 |
出典:ダイキン工業 HP
株式会社富士通ゼネラル
製品 | 冷蔵庫 |
公表 | 2008年6月 |
製造・販売時期 | 1997年3月~2001年3月製造 |
被害の発生 | 製品を焼損 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「対象製品において、食品汁等が電装部へ流れ込むことにより、コネクタ部でトラッキングが発生」 |
市場対応 | 点検・改修(コネクター部を防水袋で包む) (約11万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・製品の使われ方、環境条件、据付条件のうち配慮すべき最悪の条件において、電装部に水が浸入しないように設計すること。その発生確率によっては電装部をシールすること。 ・製造物責任法の責任期間である「製造物を引き渡してから10年」を既に経過しているが、リコール対応している。 |
出典:消費者庁 HP
パナソニック株式会社
製品 | 卓上食器洗い乾燥機 |
公表 | 2006年11月 |
製造・販売時期 | 2001年5月~2002年5月製造 |
被害の発生 | 製品を焼損 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「製品内部の洗浄水がファンモータ部に浸入したことにより、トラッキング現象(絶縁破壊による短絡)が発生」 |
市場対応 | 部品交換(モーターユニットの交換) (約16万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・製品の使われ方、環境条件、据付条件のうち配慮すべき最悪の条件において、電装部に水が浸入しないように設計すること。その発生確率によっては電装部をシールすること。 ・界面活性剤や洗浄水などはトラッキング現象を引き起こしやすいので、電装部に侵入しないように注意が必要。 |
出典:消費者庁 HP
日東工業株式会社
製品 | 太陽光発電システム用接続箱 |
公表 | 2006年8月 |
製造・販売時期 | 1997年7月~2001年3月製造 |
被害の発生 | 製品を焼損 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「風雨の強い時に、当該製品の上部の穴(通気孔)から内部に水が浸入し、接続端子部でトラッキング現象が発生」 |
市場対応 | 点検・改修(雨水が製品内部に侵入しないよう通気孔をゴムシートで塞ぐ) (約0.3万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・製品の使われ方、環境条件、据付条件のうち配慮すべき最悪の条件において、電装部に水が浸入しないように設計すること。その発生確率によっては電装部をシールすること。 |
出典:日東工業 HP
東芝キヤリア株式会社
製品 | エアコン |
公表 | 2004年8月 |
製造・販売時期 | 1998年9月~2002年1月販売 |
被害の発生 | 製品を焼損 |
トラッキング現象に至る経緯 | 「エアコン室内ファンを回転させるためのモーターのリード線接続部分に、エアコン洗浄液またはそれに類似する電気を通しやすい物質が付着し、さらに室内機内部で発生した結露がごくまれにリード線接続部分に回りこんだ」 |
市場対応 | 点検・改修(シリコンを充てんしたコネクタカバーを被せる又はファンモーターの交換) (約53万台) |
設計面での教訓 (筆者解説) |
・製品または製品の周囲に結露が発生するおそれがある製品は、結露水の流れ方に十分注意すること。 ・界面活性剤や洗浄水などはトラッキング現象を引き起こしやすいので、電装部に侵入しないように注意が必要。 |
出典:消費者庁 HP
※2015年9月時点の下記webサイトの情報等を元に記事にしております。
消費者庁ホームページ
niteホームページ
国民生活センターホームページ
経済産業省ホームページ
各社ホームページ
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